Akaiwa City,Okayama Prefecture
岡山県あかいわの“ぶどう”
GRAPES
透き通るエメラルドグリーンと豊かな芳香、
気品あふれる味わいの「果物の女王」。
赤磐市の旧赤坂地区には、昭和期に建てられたガラス温室が今も残り、マスカットオブアレキサンドリアの栽培が続けられています。
しかし、ガラスハウスはメンテナンスが大変で、現在は徐々に、ビニールハウスに切り替わってきています。
5月、房が大きく成長。一つの房にいっぱいの粒が付き
ます。房の仕上がりをイメージしながら、成長に合わせて数回の摘粒を行います。
「こんなに摘んでしまって大丈夫?」と思うぐらいで
ちょうど良い仕上がりに。
摘粒用のハサミ
傘掛けが終了した後も、傘の中を確認しながら病気や害虫に気を配り、熟成を待ちます。
■岡山県だけに根付いた“マスカットオブアレキサンドリア”
今からおよそ130年前の明治19年、ヨーロッパから伝わったマスカットは、当初、岡山をはじめ全国各地で栽培が試みられました。しかし、高温・多湿な日本の風土に馴染まず難航。
そのようななか、岡山県の山内氏が考案したガラス室栽培によるマスカット・オブ・アレキサンドリアの育成が成功し、現在のハウス栽培の基礎となりました。
日照時間が長く温暖で降水量が少ない。また、台風などの災害も少ない瀬戸内地域の気候風土と、栽培に並々ならぬ努力を払った先人たちの力で、岡山だけにマスカットが着々と根付いていきました。(岡山県が全量の90%以上を生産)
葡萄の苦手とする高温多湿、更には梅雨のある日本で、ガラスハウスという画期的な発想は、今日、葡萄以外の果物や野菜づくりにも活用される素晴らしい技術革新でした。
日本で一般的に「マスカット」と言えばこのマスカット・オブ・アレキサンドリアを指していると言って良いでしょう。これまで様々な新しい品種が生み出される中、その容姿、風味共に非常にエレガントなブドウとして、長年、高級贈答品としても高い評価を獲得してきました。
香水のムスクのように豊かな芳香と、発祥地・エジプトのアレキサンドリア港から各地に広がったことに、その名が由来する「マスカット・オブ・アレキサンドリア」。
かつて、クレオパトラも愛したといわれるエメラルドグリーンの美しい果実は、上品な香り、奥行きのある甘さ、瑞々しい果汁で「果物の女王」と称され、紀元前の昔から多くの人を魅了してきました。
■経験と技術で仕上げる芸術品
ガラスハウスでの栽培において、新芽が芽吹き結実するまでハウス内の温度と換気、水の管理に細心の注意が欠かせません。
さらに摘粒(間引き)の作業が始まると、神経を集中させる必要があります。
一房に付く数百の「米粒にも満たない」粒を、数回に分けて摘み、多くの栄養を、房に残した50~60粒に集中させることで、粒が大きく、甘さを凝縮させたぶどうが完成します。
経験と卓越した技術が求められるこの作業は、出来上がりに大きく影響する大切な作業。先の尖った専用のハサミで一粒づつ摘む繊細で緻密な手仕事です。
手間ひまを惜しまないことが、高い品質を保ち、召し上がった方に喜んでいただける“ただ一つの途”。
長く愛されるぶどうを作りたいと願う、生産者の心意気です。
■その情熱は、新商品の開発にも注がれます。
新しい栽培技術の試行や蓄積など、歩調を緩める事なく、岡山ではその後もピオーネ、瀬戸ジャイアンツ、シャインマスカット、翠峰、オーロラブラックなど、時代の求めるぶどうを開発。こだわりの生産技術で、常に新しいぶどうを提供しつづけています。
それは先人達による努力と技術を、今の世代が受け継いでいるからに他なりません。「岡山の葡萄は他とは違う」と言われるのには、そう言った「情熱」が根底にあるからです。
奥深い風味とコクのある甘みが自慢のピオーネ、そして新たな魅力を発信しているシャインマスカットなど、岡山の葡萄は昔も今も時代に左右されない確かな美味しさを提供しているのです。
よりおいしく、より香り高く、より美しく・・・。
赤磐市内の生産農家では「プライドを懸けた戦い」
が日々続きます。
4月に入ると、枝の昆布の部分から新しい芽が現れます。
芽はぐんぐん伸びて、約一か月後には伸びた新梢に小さな房が出来始めます。
6月末、芽吹き始めて約2か月、大きくなった房がいくつも
枝から垂れ下がる。↑
硝子の屋根から入る直射日光で房が焼けるのを防ぐため、一房づつ紙の傘を掛けます。↓